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言葉自体より大切にした方がいいものとは

公開日:2016/06/29 (水)

p2a-online

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あなたはポジティブですか?それともネガティブ?

自分のことを振り返ってみると、それが周りの人の印象と一致しているかどうかは別として、自分にはポジティブな傾向があるのか、それともネガティブな傾向があるのか、大体直感的に答えられるのではないでしょうか。

私の話で恐縮ですが、私は割とポジティブな方ではないかと思っています。「いつも笑ってるよねー」なんてよく言われますし、その良し悪しは置いておいて、傍から見ても物事を悲観的に捉えていそう、とは思われていないようです。

もしかしたら語弊があるかもしれませんが、私は、人生に起こる出来事というのは、大まかに2つに分けられると考えています。

良いことと悪いこと、幸せなことと不幸なこと、という括りではありません。

何故なら、人間万事塞翁が馬、という諺のとおり、幸せだと思っていたことが不幸なことに転じてしまったり、反対に不幸だと思っていたことが、思わぬ幸せに繋がっていたり、ということが起こり得るからです。

人間万事、塞翁が馬、ですね。

私は、人生で起こる出来事は

①前向きな感情(感動、幸せ、嬉しい、楽しい、等)を呼び起こす出来事

②自分の身になり、糧となる出来事(学びがある出来事)

だと考えています。

なので、どんなに苦しい状況に陥っても、悲しみに打ちひしがれそうになっても、少なくとも、その出来事から何かを得ようとしたり、学ぼうとしたりします。

パンチの効いた辛い経験は、うまく昇華すれば、最終的には全てネタになりますから。

例えば・・・

学生時代、ある国でホームステイをしていたときのことです。途中からホストファザーになった人に対して、良い感情を持てないでいました。なんか嫌な感じがするし、この人は怒らせたらいけない、と本能的に感じるというか。

そんな彼がある日周りにも怪我をさせる自殺未遂を起こしたのです。しかも深夜に。
状況が全く理解できないまま、錯乱状態でけがをした手をかばったホストマザーに、ベッドルームの外から大声で呼ばれ、あろうことか、バスルームにいるホストファザーの傷の手当をしてくれ、と命じられました。

たった今、「ホストファザーに切られた」と言った同じ口で、です。

「何言ってるんだろうこの人」と思った直後、「あ、これはもう死ぬな」と覚悟しました。ここまで色々あったけど、楽しいこともたくさんあったな、でも痛い死に方は嫌だな、等、色々な感情や今までの経験がぶわーっと走馬灯のように頭の中を駆け巡ったことを今でも憶えています。

その時は、自殺未遂を止めようとしたホストマザーが誤って切られた、という正確な情報は全く入っておらず、「錯乱状態のホストファザーwith 刃物、に、善意のホストマザーin はだけたバスローブ、が切り付けられた = バスルームにいるのは殺人鬼」という状況だと理解していました。

この時の私は、最悪の事態を想定しました。事態がよく飲みこめていない中でも、冷静さを保てたのはそのおかげだと思います。

そして、

自分の身は最終的には自分しか守れない、と悟った出来事でもありました。

その後のやりとりは長くなるので割愛しますが、結果私は今も生きていて、その当時はさすがの私も精神を病みそうになるくらい、心身共に疲弊した出来事だったのですが、若くして死を覚悟したその経験は、事あるごとに話す留学時代の鉄板ネタになっています。

稀有な経験をしたとは思いますが、経験して良かった、とも思っていません。でも、楽観的であるということだけが全てではない、ということがわかりました。

 

本当にポジティブかネガティブかは言葉だけ見てもわからない

よく、ポジティブな考え方とネガティブな考え方を説明するときに例に挙げられる

コップに半分だけ入った水

これを見て、「もう水が半分しかない」と思うのはネガティブで、「まだ半分もある」と思うのはポジティブ、と説明されます。確かに、物事は「捉え方ひとつ」ではありますが、ポジティブに捉えることがいつも正解とは限りませんよね。むしろ、楽観的に捉えたせいで、大ピンチに陥る可能性もあります。

なぜなら、半分の水が入ったコップが果たして喜ばしいことなのか、それとも悲観すべきことなのかはコップの水が置かれている背景に注目しないとわからないことだからです。

確かにどちらもコップに半分だけ入った水かもしれません。

でも、これもまたよく挙げられる例ではありますが、砂漠で遭難しているのに、手持ちの水がコップ半分しかもう残っていないという状況だとします。

それなのに「まだ半分もある」と考えるのはあまりにも楽観的すぎますよね。ポジティブすぎて、命取りになるケースです。

そして、もしその半分の水が入ったコップが、例えばまだ幼稚園に通っている自分の子が
飲んでいるものだとしたらどうでしょうか。我が子の成長を喜びながら、「よく飲めたね。もう半分しかないね」という会話になるかもしれません。もしそうだとしたら、「もう半分しかない」という言葉はネガティブではありませんよね。

同じ言葉でも、その言葉の遣われる背景、遣う人によって、意味が大きく変わってきます。

「言葉」だけに囚われず、ポジティブもネガティブも必要に応じて使い分けていきたいと考える今日この頃でした。

最終更新日:2016.07.05

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flame

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道場直美。素質診断士。アメリカの大学で心理学を専攻。
日本に帰国後コーチング、統計心理学を学ぶ。
紆余曲折を経て、ストイックをこじらせた系女性がもともと持っている素質・ポテンシャルを発見・発掘することをきっかけに、自分らしい人生を生き抜くためのサポートをしている。お笑いが好き。自身もコミュニケーションツールとしての「笑い」を大切にしている。

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